ॐ गं गणपतये नमः
Om gam ganapataye namaḥ
オーム ガム ガタパタエ ナマハ

2026.1

障害を取り除き、すべての縁起の良い始まりの神であるガネーシャ神に敬意を表します
象の頭を持つ神、ガネーシャとしても知られるガナパティのマントラを唱えると、私たちの道から障害が取り除かれ知恵と成功が与えられると信じられています。それゆえにガネーシャは繁栄と新たな始まりの神です。彼は幼少期をヒマラヤ山脈の聖峰カイラス山で、両親のシヴァとパールヴァテ ィーと共に過ごしました。この神聖な家族の一員として彼は人々を統合し、調和をもたらす役割を担っています。
対して私はヒマラヤ山脈の高山から遠く離れた場所で幼少期を過ごしました。メキシコ北部の谷で両親と育ち、谷を出てより高い場所を探し、新しいことを経験することを夢見ていました。しかし人生の最高峰に到達するにはまずその谷を通り抜けなければならないということを、当時は知る由もありませんでした。
山があれば谷もある。両者は対極としてではなく完全な全体の一部として、絶え間ない調和の中で存在します。自然界において谷は私たちが食料を育て、川が流れる肥沃な土地です。谷は目覚ましい成長を遂げる場所であると同時に、粘り強い精神力を必要とする苦難や挫折の時期を象徴することもあります。
経験に心を開けば、変容は私たちの内なる谷で起こります。より強く、より賢く、これから起こるであろうどんな困難にも備え、新たな始まりへと踏み出すことができます。覚えておいてください、山が高ければ高いほど、谷は深くなります。人生に谷が訪れそこから抜け出せないように感じても、決して落胆する必要はありません。
私たちの師シャロン・ギャノンが教えてくれるように、私たちは認識を変えることで魔法を起こすことができます。両者(山-谷/ 成長-挫折)に同じように振る舞えると想像できますか?挫折が起こった時は、ただ受け入れるだけ。そして至福の出来事が起こった時も、ただ受け入れるだけ。どちらか一方のみを好きにならず心を無関心にすること、それこそがまさに魔法です。人生の浮き沈みを受け入れることで私たちは最高の自由を見つけます。自身の深みへと降りていくことを許せば、本当に感じていることと繋がることができます。愛、痛み、悲しみ、静寂に触れ、独自の美しさを持つ異なるリズムに合わせて踊るかのように。
この受容を通して私たちは乾燥した土壌を成長のための肥沃な土壌へと変容させます。宇宙の力、宇宙的視点を解き放ち、内なる意識の海の無限の存在を感じることができます。自分自身を変革するのです。頂点に達した時の感覚を少しの間じっくりと振り返ってみてください。多くの時間と労力をかけて成し遂げた何か、それを成し遂げた自分を想像してみてください。その達成を喜び味わう衝動がいかに自然に湧き上がってくるかに気づきましょう。でも、これは終わりのない旅のほんの一部に過ぎません。立ち止まり、景色全体、乗り越えた困難、得た知識を観察しそして祝福しましょう!少し時間を取れば意識的にそしておそらくいつか、新たな冒険が待ち受ける谷へと降りていくのも楽しめるようになります。
人生のサイクルは常に試練をもたらします。そんな時こそパタンジャリ師が1章29番で教えていることを実践する機会だと捉えることができます。”そこから(神へのチャンティングと瞑想によって)意識が洗練され、内へと向かい、隔りは解消され、内なる神聖な存在に気づく”。マントラを唱え神聖な存在に瞑想することで、心は自らの素質に気づき、試練に立ち向かう勇気を見出します。何も恐れることなく、探求者になりましょう。家を出る必要はありません、ただ目を閉じ、広大な未知の世界へと深く潜り込みましょう。
成人初期に私は谷から山へと移り住みました。ガネーシャの天上の住まいに比べれば、その高さは慎ましいものでしたが、時が経つにつれ、高みと深みの間を行き来することで、複雑でありながらも美しい経験というタペストリーが織りなされることに気付きました。ガネーシャには人生の障害を取り除いてもらえただけでなく、それらを私の前に置いてくださったことにも感謝しています。おかげで私は成長を続け、真の自己へと変容していくことができています。
著者: Mayela Gonzalez マイエラ ゴンザレス
訳: Yuri OGAwa ユリ オガワ