Crossing The Abyss: 深淵を超えて

2026.6

गोपाल गोपाल देवकीनन्दन गोपाल
ゴパラ ゴパラ
デヴァキ ナンダナ ゴパラ

子供のクリシュナ
デヴァキの息子
牛たちの友
(訳: シャロン ギャノン)


カトリックが主要な宗教である国で生まれ育った私にとって、それが育った環境であることは何ら不思議なことではありません。家族と一緒に伝統的な日曜日の礼拝に参加することで信仰の感覚と何らかの神聖な源との繋がりを育みました。しかし大人になってから疑問や疑念が湧き上がり、その儀式や伝統から距離を置くようになりました。不思議なことに、ここ数ヶ月、3歳半の娘が教会に連れて行ってほしいと強くせがむようになりました。娘がなぜそう願うのかは分かりませんでしたが、母親としてその願いを無視することはできず、家族や子供にとっても最適な礼拝を探し、まずは私自身が参加して娘にとって適切かどうかを判断することにしました。
私は居心地の悪さと懐かしさの間で揺れながら、ほろ苦い気持ちで席に着きました。しかしそこで示された聖句は非常によく知られた、貴重な教えを伝えてくれていました。それはイエスと使徒数人が高い山に登る場面を描写していました。頂上にたどり着いた彼らは真の幸福、無条件の愛、そして喜びを感じます。その至福の境地に浸るため当然彼らは山の頂上にとどまりたいと思いますが、彼らの期待に反するかようにイエスは別のことを求めます。イエスは次に何をすべきかを明確に示しました。その幸福、愛、喜びを失うことなく、山を下り、その全ての善を他の人々に伝えなければならないと。さらに日常生活のありふれたものの中にこそ、そして苦難の瞬間の中にこそ、その本来の美しさを思い出すようにと。
驚くべきことにこれは私が最近ペマ・チョドロンの本で読んだのと全く同じ比喩でした。彼女はその中で真のスピリチュアリティの意味とその潜在的な誤解について考察していました。チベット仏教では修行者(サダカ)が悟りへの道のりについて抱く認識に疑問を投げかけます。人は自分のスピリチュアルな実践に全身全霊を傾け、毎日何時間も費やしより高次の意識状態を体験することさえあるかもしれない。でもそれが世間から孤立し、引きこもることにつながるならどれほど努力しても意味がないと。私たちの実践が活きるのは山を下りるという勇気ある旅路の中どれだけ多くの手を握ることができるかによると。これこそが真にスピリチュアルであることの意味なのだと。
世界の諸問題について語る方法はたくさんありますが、いずれにせよそれらは全て二極化と関係しています。私たちは「私たち」と「彼ら」、「善」と「悪」、「正」と「誤り」、「価値がある」と「価値がない」といった概念を内包する分断的な物語を作り出す傾向があります。そしてこのような枠組みの中では、寛容さ、包容性、つまり手を取り合う余地はほとんどありません。こうした物語の中には国家や特定の政治的、人種的、宗教的、民族的集団に対する集団的な物語へと拡大され、すべて同じ結末、すなわち暴力(ヒムサ)へと至ります。ヨーガの教えは次の点について私たちに確信を与えてくれます。個人であれ集団であれ、他者との分離は私たちが自身の存在から分離されている場合にのみ存在し得る。自身が全体性から切り離されているという感覚がある場合にのみ分離が生じるのです。パタンジャリのヨーガ・スートラ第1章(サマーディ・パダ)にはヨーガの定義が次のように記されていることを思い出してください。

  • yogaś citta-vṛtti- nirodhaḥ (PYS I:2) 
    ヨガ チッタ ヴリッティ ニローダハ
    思考や心の動きと同一化することをやめると、ヨーガつまり自己との同一化、サマーディ、幸福、至福、エクスタシー(恍惚・忘我)が訪れる
    シャロン・ギャノン訳
    どうすれば自らの生活の中で育んでいる根深い分裂に影響されずに、世界の分離を癒すことができるのでしょうか?この内なる分離にどう向き合い癒すことができるでしょうか?シュリ・ニサルガダッタ・マハラジはそれを美しくこのように表現しています。
    「心は深淵を作り出し、ハートはそれを乗り越える」人は思考から感情へ、心からハートへと移行し、愛、思いやり、そして繋がりを育むためのより大きな内なる空間を創造しなければなりません。
    ゴパラはクリシュナの幼少期の姿で、「ゴ」は「牛」、「パラ」は「守護者」を意味します。彼は牛の友であるデーヴァキの息子です。クリシュナは「すべてを魅了する者」という意味で無条件の愛を体現しています。シャロン・ギャノンの言葉を借りれば、「私たちがゴパラとして神の名を唱えたり歌ったりすると、心が開き魅力的な少年に導かれて天上の喜びの世界へと誘われる」。この世界の子どもたちは自身の賢明な心と再び繋がり、スピリチュアルな実践を深める上で私たちを効果的に鼓舞してくれるでしょう。
    世界は私たちに集団的な帰属意識に目覚めることを求めています。そして幸運なことにヨーガは苦しみを変容させ、違いを乗り越え、深淵を越えるのに役立つ道筋なのです。
    著者: Maria Sousa Macedo マリア ソウザ マセド
    訳: Yuri OGAwa ユリ オガワ