2026/2
THE POTENTIAL OF KNOWLEDGE
智識の可能性
by Christine Lauritzen
ॐ ऐं सरस्वत्यै नमः ‖
Om aim saraswatyai namah
オーム アイム サラスワティヤェイ ナマハ
音楽、言語、芸術、発言、そして、知性の女神である母なる女神サラスワティに敬意を。
英訳:Manorama
このマントラをチャンティングする時、私たちは、知性、創造性、そして発言の女神であるサラスワティを呼び覚まします。サラスワティは白い蓮に座した女神であり、明瞭な思考と純粋な表現で私たちを祝福しています。神話では、私たちが創造したり、学んだり、真実を語る(サティヤ)時に私たちに流れるインスピレーションの流れの化身としての象徴にもなっています。
理性的で測定可能なものだけを信じる場合には、神聖なものは論理を超えた真の自然であるが故に不実としか見られません。サラスワティは(*1)Vācの女神であり、発言、学び、音そして振動の女神なのです。彼女の贈り物に理由などありません。発言は沈黙の中へと消えて行き、言葉は私たちをそれ以上の神秘へと導きます。[1] 言葉やマントラは真実が定義される場所ではなく、経験する空間へと私たちを導いてくれます。オーム(プラナヴァ)の音をチャンティングした後に訪れる沈黙のように。沈黙の中でもオームの振動は続き、言葉や言語を超えたところに何があるのかを私たちに思い出させます。言語とマントラは入口なのです。その究極の目的は、私たちの内でも外でも振動しているあらゆる音、サブダブラフマン、の起源に私たちを戻していくことです。サラスワティはヴィーナ(南インドの楽器)を奏でます。宇宙の歌の調律へ合わせること、詰まりのない音、アナーハタナダムを聴くことの練習(スラヴァーナ)を、私たちに優しく思い出させるのです。
サラスワティを(あるいは他のどんな女神でも)呼び起こす時、私たちは結局のところ私たちの内側にあるものを呼び起こすのです。私たちは、いつでも、私たちの内側に宿る源へ再び通じる道を見つける手助けをしてくれるよう導きを求めるのです。自由は生命から引き離されたものではなく、あらゆる生物、あらゆる物質の命の中で輝いているものなのです。
行動科学者として働く私は、科学の恩恵を非常に高く評価しています。しかし神秘的、精神的なものとの関わりを認めずに限定してしまう事は愚かな事です。
サラスワティは両方の世界を私たちに提供します。科学者は、 (サラスワティやガンジス川のような)川が何故神聖なのかを証明することさえ出来ません。私たちはチャンティングの価値を測る事は出来ません。神秘性は説明するものでは無く、経験するものなのです。私たちの信念(スラッダー)は直接的な経験に根付いているべきです。そうでなければ、それは単なる盲目な信念となります。
サラスワティは、女神、母なる神、数多くあるその形の1つです。彼女を通して全ての物が生じ、形を成します。方法論は私たちに自然の智慧と調和して生きていく事を思い出させます。動物や植物、川、そして海とも私たちは親しい関係にあるのだと認識させます。自然との関係性は互いに有益であること、相互に学び合い、そして共に成長できるということ、あらゆる存在への慈愛と優しさを練習できるということを。
白鳥(ハムサ)は、しばしばサラスワティの乗り物(ヴァハナ)として見られます。白鳥は純粋なもの(ヴィシュッダ)を取り入れ、不純なものは残すという稀な能力をもっていると神話では伝えられています。このイメージは、ヨガにおける識別(ヴィヴェーカ)の性質を表しています。現実(サット)を非現実(アサット)と識別する能力、永遠を一時的なものと識別する能力です。白鳥が本質のみを受け取るように、練習(サーダナ)を通して私たちは、何が真に私たちを養い、何が心をただ惑わせるだけのものなのかを識別することを学べるのです。智慧の女神であるサラスワティは内面的な明晰さを与えます。全ての生命との相互の繋がりを明らかにするのです。
彼女は、全てにおいて、はっきりとした思考、真の知識に基づき、理由づけされた発話をする力を私たちに思い出させます。これは民主主義の最も基礎となるものです。全ての人のマインド(ブッディー) は理性を持ち、したがって真理を備える能力を持っているのです。
誰にも物事がこうあるべきだと言う特別な権利は必要ありません。真実を話すということに特権は有りませんが、明瞭であることが求められます。自己が持つ興味、嫌悪、恐れ、無知が取り除かれる事で純粋な智慧は光輝く事が出来るのです。もしも私たちが社会の中で共に在りたいと思うなら、分裂を助長したり支配的な言葉ではなく、誰にとっても良好で共通する言葉を選ぶべきです。サラスワティは、理性と創造力を真理と良き集合体の為に使うよう私たちに要求します。
これには勇気が必要ですが、この事を忘れてしまうということは、サラスワティからの贈り物も、私たちの社会の中での自由の基本そのものも裏切るという事になるのです。このことは、行動を起こすということも意味します。私たちの暮らす世界を形作る事に参加すること、投票をしたり、出来ない人の為に声を上げたり、民主主義的な過程に加担したり。民主主義は理想だけで維持されている訳ではなく、国民自身の選択的行動が要求されるものです。「あなたがする事が変化をもたらすのだ。そしてあなたは、どんな類の変化を作りたいか決断しなければならない。」ドクター・ジェーン グッダール
アーディ シャンカラチャリヤは彼の詩であるバージャ ゴヴィンダムの中で、サンスクリット語の文法を完璧に知っていたとしても自由(モークシャ)がもたらされる訳ではないと私たちに伝えています。彼が、サンスクリット語の規律に従っている年配の学者に出会った時、その学者は彼にこの事を思い出させました。つまり、死の瞬間、あなたを助けるのは文法ではなく、献身(バクティ)であると。
バージャ ゴヴィンダム、ゴヴィンダを讃える、神を讃える。
この方法で、あらゆる聖典の学習(シャーストラ)、サラスワティの導きの元で発話と思考を洗練すること、が極めて直接的な献身となる事を私たちは思い出すのです。智識が満たされる可能性に達するのは、智識が神聖な愛の中に花開く時なのです。
[1] これは、ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインが論理哲学論考の中で強調したもので、「私の言語の限界は、私の世界の限界を意味する」(5.7)、「語りえぬものについては、沈黙しなければならない」(7)
この事に気づかせてくれた娘のルエラに感謝します。
(*1)ヴァーチ: サンスクリット語で「言葉」「声」「言語」を意味し、ヒンドゥー教神話では言葉、言語、知識を司る女神として崇拝され、しばしばサラスワティやバラーティと同一視される。
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