今月のテーマ

2017/12

「仲間の集い トライブギャザリング」

 

サットサンガトヴェ ニッサンガトヴァム ニッサンガトヴェ ニルモハントヴァム

ニルモハントヴェ ニシュカラタットヴァム ニシュカラタットヴェ ジヴァムクティヒ

バジャ ゴヴィンダム バジャ ゴヴィンダム バジャ ゴヴィンダム ムダーマテ

 

良い交わり、徳の高い交友は、執着のない心をもたらしてくれる。執着のない心からは、間違った思い込みからの自由がうまれる。間違った思い込みから自由になれば、普遍的な本質を感じるようになる。普遍的な本質を経験すれば、この命を生きながらの自由を得る。

I-AM(わたしはある・自我)とは海のように広大な認識・意識である。これを実感すると「心と体を持ってはいるけれど、わたしは心と体ではない」と感じるようになる。ゴヴィンダを実現せよ、ゴヴィンダを実現せよ、ゴヴィンダを実現せよ、心の中に。賢者なら!

(出典:「カルパタパンジャンカ」シュリ・シャンカラチャリア著シュリ・ブラフマナンダ・サラスワティ英訳)

 

 

サットサングとは同じ考えの人たちが真実を求めて交友すること、と定義されています。トライブ(種族・部族・仲間)の共通した関心は真実の追求なのです、そしてそれがサットサングです。ジヴァムクティヨガのグローバルなサットサングはひとつのトライブなのです。

 

人生の苦難は、悪い交友から発生した束縛が招いた結果であり、実在世界の真実の本質を誤解した結果なのです、そしてその結末には、その悲しみの集積を避けるためだけに知覚を刺激してくれるだけの娯楽を追求することになってしまいます。良い交際は、悪い交際からの自由へと導いてくれます。良い交際のコミュニティやサポート、悪い交わりからの自由を体験するとき、私たちが経験するのは、精神的に不安定なレベルで生じる「誤解の人生」からの解放なのです。すると私たちはもはや世界を誤って認識することはなく、繊細でリアルな世界の本質を絶対的なレベルで認識し始めるのです。このプロセスが私たちをジヴァムクティヒつまり完全に苦難から解放された自由な状態へと導いてくれるのです。

 

私たちはともにビジョンクエスト(訳注:心に描く未来図を求める旅という意味と、アメリカ先住民の成人通過儀礼であるビジョンクエストとの二重の意味)のただ中にいて、すべてのトライブとの平和と調和を生きる世界を求めています、そのトライブ(種族)にはきっと森のトライブもいるでしょう、水のトライブ、空のトライブ、平原に生きるトライブ、砂漠に生きるトライブ、動物という人たちのトライブ、魚という人たちも、鳥という人も、山の人も、谷の人も、そして街の人もいるのです。

 

いま私たちが太鼓を打ち鳴らすみたいに呼びかけているのが、2018年のトライブギャザリング(ジヴァムクティヨガの集い)で、みんなとてもワクワクしています。私たちが興奮しているのは、多くの皆さんが世界中からニューヨークシティーに集まって来てくれるからで、その仲間の集いの場であらためて私たちのグローバルなサットサングの恩恵やサポートを感じることになるだろうと思うからです。多くの皆さんがわたしに語ってくれるのは、あなたが自分のいる小さな世界の片隅で孤独を感じているということです。そうです、だってニューヨークにいても私たちは孤独を感じるものなのですから!この世の中で、悪い交わりのただなかで生きていることほど本当に孤独で、本当にさみしいものなど、ほかにないでしょう。ほかの人たちからのサポートを感じるとき、あなたは自分が本当に見たいと思う変化を自分に起こすことができるのです。

 

トライブの経験は普遍的なものです。こんにち世界にあるすべての文化は遠い過去に存在したすべての種類のトライブから生れ出たものです。こうしたトライブは国家の創生よりもまえから存在しており、その繁栄のために協力して生きることを根底にしています。野牛のバイソンの群れ、鳥の群れ、魚の群れ、などを研究することから、私たちはトライブがどのように形成されていくのかを学んだのです。私たちがトライブを作るのは苦難を最小限にするため、そしてそれは実際に功を奏したのです。私たちは今ヨガを実践して苦難を最小限にしようとしています、そしてそれは功を奏するのです!

 

トライブという言葉の意味は歴史とともに大きく変化してきました。トライブは植民地主義の時代ににおいては否定的な意味にさえ貶められました。この言葉(トライブ:tribe)の実際の語源はおおよそラテン語のトリブス(tribus)と古フランス語のトリビュ(tribu)のあたりにあり、おそらくは紀元前240年に35部族にまで栄えた古代ローマの3つのトライブを指して使われた言葉とされています。きっと皆さんの中には、イスラエルの12部族(訳注:聖書に登場するイスラエル最初の部族)に親近感を感じる人もいるでしょうし、ヴァイキングのノルウェー民族に親近感を感じる人もいるでしょう、または鉄器時代のゲルマン民族に親近感を覚える人もいるでしょう。もしかしたら自分はネイティブアメリカンやファーストネイション(訳注:どちらもアメリカ先住民を指す表現)のメンバーだと思っている人もいるでしょうか、さらに言えばマサイ族やヒンバ族、またはズールー族だという方もいるでしょうか。名前を挙げればきりがないほど、多くのトライブがあるのです。大事なのは、こうした社会的なグループ(トライブ・部族)が国家という枠の外に存在しており、多くが自立していたという共通の起源を、私たちの中に見いだせると理解することなのです。そうすれば私たちもトライブで共に集い、新しい多様性と思いやりのある現代版トライブになれるのです。

 

「1975年の研究で、人類学者モートン・H・フリード氏はその著書「トライブ概論」の中で現代のトライブとして多くの例を提示しており、その範疇には異なる言語を話し異なる文化的儀礼を行う部族や、同じ言語と文化儀礼を他の部族のメンバーと共有する部族なども広く含まれている。彼によれば部族(トライブ)とは一般的には流動的な境界線と異質の混成を有する特徴を持つ、つまりトライブは偏狭なものではなくむしろダイナミックなものであると結論付けている。」(出典ウイキペディア)

 

現代のトライブは、これまでに主流とされた支配的な社会とははっきりと異なるトライブです。ジヴァムクティは真実を追求する現代のヴィーガントライブであり、サットサングと他者を苦難から解放する力を体験する一つの部族、そして歴史を作るトライブなのです。

【文:David Life  翻訳:Rei Miho Ueda 

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