ROOTED STRENGTH  ルーテッド・ストレングス : 根付いた強さ.2025.11

Om
sat-sangatve nissangatvam nissangatve nirmohatvam
nirmohatve niscala-tattvam niscala-tattve jivanmuktih
bhaja govindam bhaja govindam bhaja govindam müdhamate

  • Bhaja Govindam by Shankaracarya

オーム

善き人々(真理の探求者)との交わりによって、執着のない心が生まれる。

執着のない心によって、迷妄(錯覚)から離れる。
迷妄から離れることによって、真理に確立される。
真理に確立されることで、魂は生きながらにして解放(ジヴァムクタ)される。
ゴヴィンダ(神)を讃えよ、ゴヴィンダを讃えよ、
ゴヴィンダを讃え、迷いの中にある賢者よ!

バシャ・ゴーヴィンダム
by シャンカラーチャーリア

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2025.10

प्रच्छर्दनविधारणाभ्यां वा प्राणस्य ॥ १.३४ ॥

pracchardana-vidhāraṇābhyāṁ vā prāṇasya

プラチャーダナ ヴィダーラナービャン ヴァ プラーナヴァ

呼吸の吐息と保息を練習することで、揺れ動く心も落ち着く

呼吸のはき方と止め方を練習することで揺れ動く心も落ち着きます。全く予期せぬ知らせが届きました、身近な人が突然亡くなったのです。涙が溢れ、衝撃と悲しみ、信じられないという思いが私を襲い、息もできませんでした。親しい友人でありヨギーでもある彼が何も言わずに私を抱きしめてくれました。私をしっかりと抱きしめて、ゆっくりと、安定して、深くリズミカルな呼吸を始めました。私もそれに従い始めると、すぐに心が落ち着きました。

私たちは皆呼吸が心の状態をはっきりと投影する状況を経験したことがあるでしょう。例えば怒りは短い息、悲しみはすすり泣く息、緊張は短く速くそして浅い、他にも様々な感情を反映します。パタンジャリはこのスートラの中で、思考や感情の起伏を鎮めるための多くのテクニックの一つとして、意識的な呼吸法を実践することを挙げています。言い換えれば呼吸のパターンを変えることで、脳と神経系の神経活動に影響を与えることができます。思考が落ち着くと私たちは受容性を体現し、明晰な思考に達することができます。

ジヴァムクティヨガのヴィンヤサクラスでは、ウジャイー呼吸(一般的には鼻から4カウント吸い4カウントはく呼吸を声帯の近くでささやくような音を立てながらクラス中ずっと繰り返すこと)を継続的に行うよう指導されます。どんなアーサナを練習していても、それが今までで最も簡単なものでも最も難しいものでも、呼吸は穏やかな吸うとはくのパターンを保ちます。これは外の世界でストレスを感じた時平静を保つために、このタイプの呼吸法を活性化する必要があるであろうトレーニングで、疲労や明晰さの欠如、混乱につながる可能性のある機能しないの呼吸習慣を取り除くための練習です。

呼吸は自律神経系の一部であり、私たちは意識することなく呼吸しています。しかし呼吸は意識的な行為の領域にも持ち込むことができます。意識的な呼吸は肉体と微細な身体をつなぐ架け橋です。プラナヤーマはYS 1.34で言及され、さらに八支足の一つとして説明されています(YS 2.29参照)。これは初期のヨーガ実践者によって開発された古代インドの修行であり、意識的な呼吸の側面を洗練させることで、望ましい精神状態または感情状態に到達することを目的としています。プラナヤーマのテクニックは、様々な実践において内側または外側で呼吸を止めることで私たちのプラーナ(生命力)を高め、神経系を微調整します。プラナヤーマはプラーナを長くする、拡張する、高める、または方向付けると定義されることもあります。ハタ・ヨガ・プラディピカ、ゲーランダ・サンヒター、シヴァ・サンヒターなどにもプラーナヤーマの実践法が概説されており、これらの実践法は指導者や系統によって、非常に多くの方法で教えられています。まずはシンプルで分かりやすいテクニックから始め、時間をかけてじっくりと上達の様子を見てみましょう。プラナヤーマを実践する際の重要な要素の一つは、スティラ(安定)とスカム(心地よさ)の状態を保つことです。もし無理な動きや緊張、不安を感じたら、それは必要以上にやりすぎているということです。休憩を取り、別の日に再開しましょう。

ヨーガの実践はバランスの取れた人間になる機会を与えてくれます。無意識に覆い隠されていた自身の側面を意識に呼び起こし、現代社会や混沌とした思考に伴う頑張りやストレスを手放す機会を与えてくれます。意識的に呼吸をすることは内なるクレイジーさを静める一つの方法です。”心が静まるところに呼吸は止まる 呼吸が止まるところに心は静まる”

-ハタ・ヨガ・プラディピカ 4章23番

著者: Julie Kirkpatrick ジュリー カークパトリック

訳: Yuri OGAwa ユリ オガワ

2025/9 闇の中の灯台

マルティナ・ダルミナ・フェーブレ  | 20259

(翻訳:akky)

師はブラフマー(創造主)であり、師はヴィシュヌ(維持者)であり、師はシヴァ(完成者)であります。

師は至高の証人、最高のブラフマンであります。

その師に礼拝を捧げます。

 マノラマ訳

私たちの創造は師であり、私たちの命の時間は師であり、試練や病や災難もまた師であります。

師はすぐそばに在り、さらに彼方の彼方にも在ります。

私は謹んで師に供養を捧げます。

無知を取り除き、美しく啓示をもたらす原理として、常に私の内に、そして周囲に存在する師に。

 シャロン・ギャノン解説

この詩句は「グル・チャンティング」として親しまれており、『グル・ストートラム』に収められた美しいシュローカの一つです。『グル・ギータ』という、師への深い献身を歌う聖なる歌から取られています。

近年「グル」という言葉は残念ながら否定的な響きを帯びてしまいました。自己を「グル」と称して人々を傷つけた不幸な事件が原因です。しかし、本来の「グル」が示す意味は純粋で神聖なものであり、知恵と愛の具現です。ここで述べる「グル」とは、闇を取り除く存在であり、決して害をなすことのない、地上に神を映す原理そのものです。グルは個人を通して働くこともありますが、常に私たちの内に、そして周囲に存在しています。

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Aug.2025. Jivamukti Yoga FOTM

イメージの世界

文:モニカ・ジャギ

So’ham – Mahavakyam

I am That.

翻訳:マノラマ

「私たちがただ“あるがまま”でいるのは、なんと難しいことでしょう。
思考する心は、イメージや想像を抱えている間、静かにとどまることができません。
私たちの身体も心も、絶えずさまざまなイメージとともに変化し続けています」
— シュリ・ブラフマーナンダ・サラスワティ『イメージの世界』(1986年1月31日)

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2025.July What is Extreme?-何が極端なのか?

~ Translation by Manorama

アヒムサを通して私たち一人ひとりに世界を変える力があります。
アヒムサ!このシンプルなサンスクリット語の言葉にはあなたの周りの世界をポジティブに変えるもの凄い力があります。
どういうことかって?
まずは基本的な意味を見てみましょう。
それは「非暴力」です。
でも、これをもっと広げてみると、さらに強い意味を持つ類義語が沢山あるのです。それは例えば、親切、思いやり、寛大さ、優しさ、愛情、親しみ、慈善、礼儀正しさ、友情、穏やかさ、心の広さ、人道的、心優しさ、愛に満ちた、マインドフル、同情、配慮、寛容など。

「極端」とは?その言葉は、「非常に高い程度、最大限の強度」などと定義されることが多いですが、アヒムサの実践を通して用いられる基本的な概念は、必ずしもその結果が過激だから極端なのではなく、現代の「普通」からあまりにもかけ離れているためにそう見えるのです。

例えば、「アヒムサ」という言葉を腕にタトゥーで刻むこと(私はした)やヴィーガンになること。
それを「極端」と感じる人もいるかもしれませんが、その一方で動物を育てて食べることに費やすことや動物の苦しみを目の当たりにしても「普通」とみなしてしまうのです。

つまり、何が極端かは自分がどこに立っているかによって変わるということ。
ヨギー達は昔から極端だと思われる選択を実践し、自分と世界をポジティブに変えることに挑んできた人々だったのです。
「極端な言葉」として、ただ読んで理解するだけでは十分には足りません。行動が必要なのです。
私たちヨギは行動を知っているし、毎回のヨガの練習で実践しています。アヒムサ(非暴力)とは、優しく、親切で、思いやりのある行動を選ぶことであり、痛みを伴う行動を控えることでもあります。ヨガとは倫理的、道徳的な生き方に基づく実践です。
そして、アヒムサの実践はヨガの他の要素から切り離すことはできません。
科学と同じように、ヨギも正しい知識に基づいて行動する存在であることが求められています。
さて今月は、私はあなたにチャレンジを提案します。とてもシンプルなものです。

先ほど上記で挙げた「極端な言葉」の中から1日1つ選んでみてください。
そして、その言葉に動詞”Be”をつけて、1日その言葉を意識的に丁寧に体現してみましょう。
次第にあなたは日々の人間関係や出来事の中で小さな変化が起こるかもしれません。
ネガティブなことが少しずつポジティブへと変わっていくのを感じ始めるでしょう。
それはあなたが意識的に意味と力を持って言葉を選び生き始めたということなのです。
私たちはこの非暴力の実践で最初の有益者であることに気づくかもしれません。
他者の向上のために生きることが実は自分自身が向上していることに気づくというなんと素晴らしい結果なんでしょう。
でも、まだ終わりではありません。
私たちはほぼ毎日、食べるという行為を通してもアヒムサを実践する機会が少なくとも3回あるのです。思いやりのある選択、それはプラントベースやヴィーガンの食事を選ぶということです。
最後に、私が好きなメタルバンド「Bring me the Horizon」のボーカルであり、ヴィーガンでもあるオリ・サイクスの言葉を紹介します。
「あるポップアーティストとコラボした時、彼女が僕のことをヴィーガンだと知ってこう言った。
“1番怖そうなメタルヘッズが1番環境に優しいのね”って。
僕が思うにヴィーガンという生き方がメタル界で支持されているのは、それが「極端な思想」だからだと思う。
そして、メタルのように、世界はめちゃくちゃな場所だということを認めて、自分自身を変える必要がある、そして真実から目を背けてはいけないということを意味している。」
【翻訳/空 智英美】

Dance of Differences -違いのダンス

2026.6

vitarka-badhane pratipaksa-bhavanam
(YS 2-33)
ヴィタルカ バダネ プラティパクシャ バヴァナム
心が掻き乱れた時は反対のことを熟考する
(ヨーガスートラ2章33番)

“立ち上がるには、まず身をかがめないといけない”とシャロンとデイビッドはよく言っていました。人生の節目となる様々な局面で他者と共に直接学んだ長い時間は、私にとって心の奥底から胸に刻まれる大切な思い出となっています。先生方が常に私たちを促し、表面下でメインストリームな社会構造の外からより深く見つめるよう促してくれること、人間関係、相互依存、相互の繋がり、そしてこの地球に属しているという先祖代々受け継がれてきた知恵を通して学ぶよう促してくれることに感謝しています。

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AS FAR AS THE EYE CAN SEE 眼で見る事ができる限り by Rima Rani Rabbath (2025.5)

ॐ असतो मा सद्गमय । तमसो मा ज्योतिर्गमय । मृत्योर्मा अमृतं गमय । ॐ शान्तिः शान्तिः शान्तिः ॥
Om Asato Maa Sad-Gamaya |
Tamaso Maa Jyotir-Gamaya |
Mrtyor-Maa Amrtam Gamaya |
Om Shaantih Shaantih Shaantih ||

~ 英訳-マノラマ
私たちを真実でないものから真実へ導きたまえ
私たちを暗闇から光へ導きたまえ
私たちを死から不死へと導きたまえ
平和、平和、平和

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2025.April The Jewel in the Heart of the Lotus蓮の中心にある宝石 by Candida Vivalda

Om mani padme hum オム マニ パドメ フム
「蓮の中心にある宝石へ敬意を表して」
――カランダヴュハスートラによる、最も美しく唱和されるマントラ
マノラマ師による翻訳

私たちの根元的な本質の部分には生まれ持って慈悲の心がある、というのが古代のスピリチュアルな伝統や現代の科学でも見解が一致しているところです。昔であろうと現代であろうと、その客観性にくみすれば、私たちが苦しみに直面した時や、その苦しみを緩和したいと何か行動を起こすモチベーションを感じる時、これから起こるかもしれない未来の苦しみを止めようと先手を打つ時など、それが自分自身のためであっても他の誰かのためであっても、私たちの心の真ん中に湧き上がる慈悲の心は「宝石」として定義してよいでしょう。

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2024/4 CLEAR COMMUNICATION

by Magali Lehners |

maitrī karuṇā mudito-pekṣāṇāṁ-sukha-duḥkha puṇya-apuṇya-viṣayāṇāṁ bhāvanātaḥ citta-prasādanam

心を穏やかでクリアに保つには、幸せそうな人には友好的な態度を、苦しんでいる人には思いやりを持ち、善良な人には喜びを感じ、否定的や残酷に見える人には中立的な態度を取ることが大切です。(PYS 1.33)

人間関係の中で対立は意思疎通の不備からしばしばが生じます。本当の思いを表現することをためらい、潜在的な影響を恐れることで、誤解の種が芽生えます。私たちは役割や正直さの結果について不確かなまま、不安と戦います。そのような瞬間には、明確さは見えなくなり、代わりに部分的な真実や喜ばしい表面が現れます。しかし、この覆い隠された表現こそが、将来の争いの種を蒔くことになるのです。Thich Nath Hanh ティク・ナット・ハン氏が「The Art of Communcation:コミュニケーションの技術」で賢明に伝えるように、「関係の中で、私たちはお互いの栄養源となります。だからこそ、私たちは相手に提供する食べ物を選択しなければなりません。関係を栄えさせることができる食べ物を選ぶべきなのです。」と言います。これは、ヨーガ・スートラ1章33節で、適切な反応を通じて心の平和と明晰さを保つようパタンジャリが私たちを促すこととも共鳴します。

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